担当者:後藤
2026.03.11
  • そのほか

3月11日

東日本大震災が起きた日ですね。

実は私は、震災から2か月後の5月5日、Web(mixi)で有志を募集して福島へボランティアに行ったことがあります。

当時、なぜかクレープを焼くスキルがあったので、「子どもの日だし、現地でクレープを焼いて子どもたちに食べてもらおう」と発案したためです。
とはいえ一人では実現が難しいので、ボランティアメンバーを募集しました。

当時はテレビで原発の建物が爆発する映像が流れ、放射能の話、余震も続いていて、まだ何が起きるか分からない状況でした。
募集の際には「何が起きても自己責任でお願いします」と書きました。

それでも、まったくの他人だった4名が志願してくれました。
初めて会う人同士でしたが、その時、世の中の善意というものを強く感じたのを覚えています。

前日に実家でクレープの生地を仕込み、少し仮眠をとったあと、当時乗っていたキャンピングカーで福島へ向かいました。
道中にはまだ震災の跡が残っていて、道路の段差で車が大きく跳ねることもありました。

途中で合った農家のおじさんに主旨を伝えたところ、トマトやイチゴを「これ使いな」と無償で提供してくれたこともありました。

昼間、2か所の避難所になっていた中学校を訪れました。
大人たちは仕事に出ている人も多かったようで、残っていたのは子どもたちが中心でした。そこで200枚のクレープを焼いて配りました。

ある小さな子どもにクレープを渡したとき、
「サトウのご飯やヤマザキのパンしか食べてなかったから、甘くておいしい!」と言ってくれて、なんと4枚も食べてくれました。

そして帰るとき、小学校低学年くらいの男の子が
「また来てねー!」
と言いながら車の後を追いかけてきました。

私は「また来るよ!」と返しました。

……結局、その後現地に行くことはできていません。
あれから15年。
彼もきっと、もう大人になっているんだろうな、とふと思いました。

そんなことを思い出して、久しぶりにmixiにログインしてみたら、当時の日記が残っていました。

少し重なる部分もありますが、途中の一部だけ残しておきます。


(当時の日記より)

今回の活動を通じて感じたのは、
支援といっても

ただ支援物資を送るだけでもなく、
ただ食料を届けるだけでもなく、
義援金を募金するだけでもなく、

被災者の方々をひとくくりにするのではなく、
その人一人ひとりに向き合うことが大切なのではないか、ということでした。

どんなに短い言葉でも、話をすることで、人と人は他人ではなくなります。つながる、という感覚です。

不特定多数の「赤の他人A」ではなく、
「○○さん」という一人の個人になる。

そこから話を聞いたり、子どもであれば一緒に遊んだりして、
同じ時間を共有することも、ひとつのボランティアなのだと思いました。

今回短い時間ではありましたが、クレープを手渡ししながら言葉をかけ、多くの人や子どもたちと知り合うことができました。そして最後は、みんな手を振って私たちを見送ってくれました。

「また来るよ!」
「元気でね!」

そんな言葉のやり取りが、
人と人をつなぎ、支え合うことにつながるのではないかと思います。

たった一度、たった一食分のクレープを提供しただけですが、
それでも言葉をかけながらクレープを渡してつながることでボランティアをして良かったと心から思っています。


今、私は職業訓練校を運営しています。

懇親会や入学・卒業パーティーなどで料理を振る舞うことがありますが、ふと、あの時のことを思い出すことがあります。

もしかしたら、「誰かに食べてもらう料理を出すのが好き」なのは、
あの日の経験がどこかに残っていて料理を通じて繋がることができるからなのかもしれません。